生きづらさの正体が分かるまで | 中度ADHD・軽度ASDの私が診断に至るまでのロードマップ

ADHD・ASDに気づくまでの道のりを描いた静かな夜のイラスト(4時の時計を見る人物) 認知・ものの見え方

中度ADHDと軽度ASDと診断されるまで、自分では特性に気づけませんでした。ずっと困りはありましたが、「性格の問題」だと思っていたからです。

大学、社会人、産後と進むにつれて、少しずつ「何かがおかしい」と感じる場面が増えていきました。ここでは、その流れを順番に書いていきます。

はじめに

衝動性・不安・入眠困難が生活を揺らし始めた

子どもの頃から眠りにくく、布団に入っても意識が切り替わりませんでした。大学で一人暮らしを始めると、その傾向はさらに悪化します。

0時に布団に入り、気づけば4時。そんな夜が何度もありました。そのたび、胸の奥が重く沈むような感覚が残りました。

寝不足の日は、世界が少しザラついて見えます。生活音に反応しやすく、イライラも増えました。当時はそれを「特性」ではなく、ただの「自分の調子の悪さ」だと捉えていました。

入眠困難の静かな夜を抽象的に表現したイラスト

この記事で書くこと(当事者視点のロードマップ)

大学で感じた違和感、社会人で表に出てきた困り、産後の急激な変化、そして診断に至るまで。

そのとき自分がどう判断し、どこでつまずいたのかを、そのまま記録しています。

大学時代、最初の限界が来た

生きづらさと1人暮らしで悪化した入眠困難

一人暮らしを始めてから、入眠困難は生活に大きく影響し始めました。眠れないまま朝を迎えることが続き、生活リズムが崩れていきます。

世界のノイズが増えたように感じる日もありました。それが疲れや睡眠不足によるものだとは、当時は気づいていませんでした。

保健センター受診で知った「特性と付き合う」視点

大学の保健センター経由で精神科を受診しました。「診断名は急がなくていい」と医師から説明を受けます。

生活で工夫できる部分も多いと言われ、その場では安心しました。まだ自分の困りを「特性」として捉えられていなかった時期です。

大人になって強まった3つの困り

衝動性が対人関係を壊し始める

社会人になると、衝動性が目立つようになりました。怒りが急に跳ね上がり、数分後には冷めて後悔だけが残ることが増えました。

「またやってしまった」と思った瞬間、身体が重く沈む感覚がありました。

不安と自己否定の悪循環

寝不足や疲労が続くと、不安が急に膨らみます。思考が極端になり、「いない方がいい」と考えてしまう日もありました。

不安と衝動性は連動しやすく、日常を揺らす場面が増えていきます。

睡眠不足が特性をすべて悪化させた

振り返ると、悪化の起点はいつも睡眠不足でした。寝不足になると認知の余裕がなくなり、不安が増え、衝動性が強くなります。

この流れは、後になってようやく理解できたことです。
睡眠が生活を左右していた理由と、私が試した睡眠薬3種類の比較は、こちらでまとめています。

大人になるにつれて強まった困りを象徴する抽象的な混沌のイメージ

産後、特性が一気に濃くなった

分割睡眠で衝動性・攻撃性が悪化

産後は、特性が一気に濃くなった時期でした。睡眠が細切れになることで、生活音が刺さるように気になる日が増えました。

刺激に敏感になり、攻撃的な反応が出やすくなっていました。

不安・希死念慮が出やすくなった

疲労が続くと、不安が一気に暴走します。思考が暗い方向へ流れやすく、危険だと感じる日もありました。

「このままでは生活が持たない」と考えるようになりました。
不安が暴走する日の“連鎖の切り方”は、ロラゼパムの体験記に詳しくまとめています。

生活が成立しなくなる前に専門医へ

特性なのか産後の負荷なのかを整理するため、専門医で検査を受けることにしました。根拠のある対策が必要だと判断したためです。

産後に特性が一気に悪化し、精神安定薬を何度も切り替える必要があった話はこちら。

精神科でのリアルな診断プロセス

医師の見解「診断は必須ではない」

主治医からは「診断は必須ではない」と説明されました。就労も家庭生活も成立しているため、特性名がなくても調整可能という見立てでした。

それでも検査を望んだ理由

“ただの怠惰な定型だったらどうしよう”という不安はありました。同時に、認知行動療法などで改善できるかもしれないという期待もありました。

甘えと特性の境界を知りたいという思いが強かったです。

中度ADHD・軽度ASDという結果

検査の結果、中度ADHDと軽度ASDと診断されました。困りの中心はASD寄りだと言われ、生活感覚とも一致していました。

“一生向き合う問題なのかもしれない”という、静かな実感がありました。

自責から「どう付き合うか」への転換

診断後は、自責の気持ちが少し薄れました。特性を前提に生活を組む方が現実的だと感じ始めたためです。

長く続いていた入眠困難に薬を使うことも、自然に受け入れられるようになりました。

診断で思考が整理されていくイメージの抽象アート

薬と運用の線引き

私の困りはADHDよりASD由来が中心だった

主治医の見立てでは、揺らぎの根本はADHDよりASDの認知負荷でした。そのため、ADHD薬は必須ではないという位置づけでした。

ADHD薬は“飲んでもいいが必須ではない”と言われた理由

生活自体は成立しており、困りの中心は睡眠・不安・衝動性の三つ。ADHD薬だけで大きく改善する状態ではなかったためです。

優先順位は睡眠・不安・衝動性の制御

治療の優先度は明確でした。

1. 睡眠を整える(デエビゴ)
2. 不安を抑える(ロラゼパム)
3. 衝動性を落ち着かせる(リスペリドンなど)

これらが整うことで、慢性的な不安症状も落ち着きやすくなりました。

薬はメガネ。特性の免罪符ではない

家族を守るために薬を使うという選択

特性は免罪符ではないと考えています。攻撃的な反応が増える日は、自分でも危うさを感じるためです。

家族に大きな負担をかけるくらいなら、薬を使ったほうが安全だと思っています。

運用と環境設計は時間をかけて最適化する

薬だけに頼らず、生活習慣や環境も調整しています。特に睡眠を最優先にすることは、すべての安定の土台になりました。

特性を理解した上でリスクを管理する姿勢

特性の出方を理解すると、どこが危険なのかが分かるようになります。薬を使うタイミングの判断もしやすくなりました。

診断で得たのは、状況を俯瞰できる“地図”のようなものでした。

次の記事へ:具体的な薬レビュー

睡眠薬(デエビゴ・マイスリー・ルネスタ)
入眠の変化や副作用など、実際に使って感じたことをまとめます。

精神安定薬(エビリファイ・レキサルティほか)
本人の体感と、第三者からの見え方の違いについて触れる予定です。

ロラゼパムで世界が静かになった日
世界のノイズが一気に減ったように感じた体験について、次の記事でまとめます。

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