SNSでは、普段は穏やかそうな人まで攻撃的になったり、小さな意見の違いから大きな炎上が起きたりします。
「どうしてこんなに争いが起きるんだろう?」
「現実の人間関係ではこんなにぶつからないのに…」
そんな違和感を抱いたことがある人は多いと思います。
実はこれ、個人の性格の問題というより「SNSという環境」と「人間の脳の仕様」の相性が悪いという、構造的な理由がほとんどです。
この記事では、SNS上の対立が起きやすい背景を、
認知心理学・社会心理学・脳科学の観点から整理していきます。
SNSは「身体性」が欠けたコミュニケーション
SNSでは文字だけのやり取りが中心です。声、表情、間、雰囲気、物理的距離――
こういった「身体的な要素」がすべて失われています。
身体性がないと何が起きるのでしょうか。
相手を「ただの情報」として扱いやすくなる
- 生身の人間が「文章の塊」に縮小される
- 実際の距離感は見えず、「タイムライン上に突然現れる文字情報」としてしか認識されない
認知(思考)にダイレクトに干渉される感覚
文章がいきなり視界に飛び込んでくるので、「自分に向けられていない意見」さえ
自分への攻撃と錯覚しやすくなります。
これが、SNS特有の自他境界の曖昧さです。
現実世界では「別の教室で誰かが勝手に話していること」は、たいてい自分事にはなりませんが、
同じタイムラインに乗った瞬間、心理的には「同じ空間で言われていること」のように感じやすくなります。
SNSは「部族化(クラスター化)」を起こす構造になっている
学校や会社のようなランダムな母集団と違い、SNSは
似た価値観の人が自然と集まる装置になっています。
例えば、次のようなものが重なり合ってクラスターができます。
- 同じ思想・イデオロギー
- 似た属性(子あり/子なし、未婚/既婚など)
- 共通する不満や生きづらさ
- 同じ趣味、同じ界隈
こうして徐々に「部族(クラスター)」が形成されると、
今度は内集団バイアスが強く働きます。
内集団バイアスが強烈に働く
- 自分の集団は「正しい」「わかっている」と感じやすい
- 外の集団は「間違っている」「攻撃してもよい対象」に見えやすい
SNSでは短い文章で素早くジャッジが下されるため、
この「部族的な反応」が過剰に強化されやすくなります。
サイレントマジョリティは「何も言わない」ため、タイムラインが歪む
認知的に余裕のある人は、そもそも争いに参加しません。
- 反論しない
- 引用リプもしない
- 見なかったことにしてタイムラインをそっと閉じる
こうして「何も言わない人」ほど可視化されない状態になります。
結果として、タイムラインには
反応しやすい人・感情が揺れやすい人だけが目立つことになるため、「SNSには攻撃的な人ばかりいるように見える」という錯覚が起きます。実際には、声の大きい少数派が強く見えているだけです。
「心理的余裕」の正体は、お金と時間だけでは決まらない
よく「余裕がないから人を叩く」と言われますが、ここでいう余裕は
単純な「お金」や「暇な時間」の多さとは限りません。
実際には、次のような要素が複雑に絡んで「心理的余裕」を形作っています。
- 発達特性(グレーゾーンを含む気質の偏り)
- 愛着形成や家庭環境(アダルトチルドレン傾向など)
- 現在の生活ストレスや不安
- 孤独感や社会的な孤立
- 信頼できる人間関係や「安全基地」の有無
- 睡眠・栄養・体調の状態
- 加齢による認知機能の変化
つまり、経済的に恵まれていても心理的に不安定な人は普通に存在します。
外側のスペックや成功と、内側の安定は必ずしも一致しません。
一方で、経済的に厳しく、睡眠も足りず、頼れる人も少ない…という状態では、
脳は常に「生存モード」に入りやすくなり、外界に対して防衛的・攻撃的な反応が出やすくなります。
「貧すれば鈍する」と生存本能モード
「貧すれば鈍する」という言葉があるように、資源が不足すると判断も荒れやすくなります。
これはことわざレベルの話ではなく、脳の働きとしても説明できます。
経済的不安、将来への恐怖、孤立感、睡眠不足、栄養不足などが積み重なると、
脳の中で扁桃体という「恐怖・危険・防衛反応」を司る領域が過敏に働きやすくなります。
生存本能が強く働くとき、利他性より利己性が優先される
哺乳類全般で共通する話として、危機的な状況では
「種全体の繁栄」よりも「目の前の個体の生存」が優先される傾向があります。
例えば、実験では通常はおとなしいマウスが、子を守る「母マウス」になると
強い攻撃行動を示すことが知られています。
これは、子どもを守るために、生存本能が最大限働いている状態です。
人間の「産後のメンタルの不安定さ」や「些細なことで怒りやすくなる」現象も、
こうした生存本能レベルの変化と無関係ではありません。
睡眠不足・栄養不足・ホルモン変動・将来不安などが重なると、
脳はどうしても「利他的」より「利己的」なモードに傾きやすくなります。
SNSは、まさにこうした「ギリギリの状態」にある人たちが多数アクセスしている場でもあります。
そのため、全体として攻撃性や防衛的反応が強く見えやすくなります。
ここから少し脳科学寄りの話になります
(私は大学院で脳科学を専攻していたので、このあたりは多少専門寄りです)
SNSで人が攻撃的になるのは、「性格が悪いから」という単純な話ではなく、
脳のシステムである程度説明できます。
扁桃体(恐怖・防衛)の過活性
不安やストレスが強いとき、扁桃体は過敏になります。
すると、本来はニュートラルなはずの文章や意見であっても、
「攻撃された」「否定された」と感じやすくなります。
これは敵意知覚バイアスと呼ばれ、
疲れているときほど発動しやすい認知のクセです。
前頭前皮質(理性・抑制)の働き低下
一方で、人間の脳の前側にある前頭前皮質は、
衝動を抑え、状況を俯瞰し、他者の立場を想像する働きを担っています。
しかし、睡眠不足・慢性的疲労・強いストレス・産後の負荷などが重なると、
この前頭前皮質の働きが鈍りやすくなり、
- カッとなりやすい
- 一歩引いて考える余裕がない
- 瞬間的に反応してしまう
といった状態になりやすくなります。
自他境界の揺らぎとテキストコミュニケーション
脳は本来、表情や声のトーン、沈黙、距離感といった「身体情報」とセットで
他者とのコミュニケーションを処理するように設計されています。
ところがSNSでは、テキストだけが突然流れてきます。
相手の顔も状況もわからないまま、
目の前の画面に「強い言葉」や「価値観の違う意見」だけが並ぶと、
- 自分に向けられたものではなくても、自分事に感じてしまう
- 自分の価値観そのものが否定されたような感覚になる
という、自他境界の揺らいだ受け取り方をしやすくなります。
SNSは「人の脳にとって負荷の大きい環境」である
ここまで整理してきたものをまとめると、SNSには次のような特徴があります。
- 身体性のない、テキスト中心のコミュニケーション
- 他者の発言が自分の認知にダイレクトに干渉してくる
- 扁桃体が反応しやすい刺激(怒り・不安・対立)が拡散されやすい
- 前頭前皮質の抑制が効きづらい状態の人が多くアクセスする
- 似た価値観の集団が部族化し、外集団への攻撃性が強まる
- サイレントマジョリティは反応しないため、過敏な声が目立つ
こうした要素が重なれば、対立や炎上が起きないほうが不自然だと言ってもよいかもしれません。
SNSの争いは、ある意味「設計と脳の相性の悪さ」から生じる必然でもあります。
結論:SNSで争いが増える理由は「環境と脳の相性の問題」
SNSで争いが増えるのは、「人間が愚かだから」でも、「自分や他人の性格が悪いから」でもありません。
より正確には、
- SNSという環境が、人間の脳の仕様と根本的に相性が悪い
- ストレスの多い現代社会では、脳が防衛モードに入りやすい
- その結果として、防衛的・攻撃的な振る舞いが表に出やすくなっている
という構造的な問題だと考えたほうがしっくり来ます。
SNSとどう付き合うかのヒント
- サイレントマジョリティは「見えない」前提でタイムラインを見る
- 「SNSの空気」を世界のすべてだと誤認しない
- 疲れているとき・睡眠不足のときは、意識的に距離を取る
- 身体性のある交流(実際に会う・話す)を増やす
- 「しんどくなるのは自分が弱いからではなく、構造のせい」と理解する
SNSは便利な道具である一方で、人間の脳にとっては負荷の大きい環境でもあります。
もしSNSで疲れたり、争いを見て消耗してしまうときは、
「これは構造と脳の相性の問題だ」と一歩引いて捉えてみると、少し楽になるかもしれません。
少なくとも、「SNSがしんどくなるのはあなたのせいではない」ということだけ、
覚えておいてもらえたらと思います。


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